”誰も撮らなかったらどうしよう”

新しい思い出を作り始めるきっかけにならないかと始めた活動の道中。私は不安でいっぱいだった。

そんな不安を抱えて訪れた避難所には、震災以来初めて毛染めをして待っててくれたおばさまや、背広のしわを伸ばして待っていた男性、“絶対に撮らない”と言い続けるおばあさんの横で、だまって手鏡を真剣にのぞき、髪をとかしているおじいさん、"早く戻ってこい!東京からプロのカメラマンさきてっから!!" と大声で電話をかける人が待っててくれた。

最初に撮った方はいつも広報部長になってくれる。

「実物よりきれいにとってくれるから!」

「魔法のカメラだから」

と、恥ずかしがる人も迷惑がる人も腕を引っぱって連れてきてくれる。撮影したばかりの写真を見せると

「やだ!もう修正したの?」

「見合い写真にするべ!』

と小さな人だかりが出来た。

その笑顔はとても活き活きとして、東京の人が言う様に”言われなければ被災者だなんて思わない”

それでもみんな受付から撮影する場所まで一緒に歩かせてもらうと

「本当にありがとうございます。写真も何回も探しに行ってるけど。うちのはでてこなくって」

「みんな笑ってないと駄目になっちゃいそうだから。元気ですよ。」

と、私には分からないほど深い深い傷を負っていた。

明るく親切な南三陸の人を撮影するのが素直に楽しい一方、この活動自体が、ひとりよがりなんじゃ無いかと思う事も何度もあった。

それでも、写真を受け取る人の笑顔を見る度に私の迷いは喜びに変わった。

「被災者の方に逆に励まされた」

そのころ報道でよく聞いた言葉に私は強い違和感を抱いていた。

被災者に励まされるなんてあってはいけないんじゃないかと思っていた。

だけど、被災地に通った4週間は、私がカメラマンとして被災者の方々に励まされる旅につきてしまった。

ただ、素直に一生懸命写真を撮ることの大切さ、喜んでもらえることの嬉しさ。

写真の大学に通い、スタジオで働き、撮影現場で働き、カメラマンになる為に生きてきた時間にどんどん忘れていった一番大切な事を南三陸町の皆さんは教えてくれた。